基本的に、苦しい人は、自分がいっぱいいっぱいですから、人を愛する余裕はないです(汗)。
怒りと憎しみの傍に愛なんてかすんでしまいますね。
僕の両親がそうであったようにね。元もこもないですかね(汗)。
それを、踏まえた上で、愛をあえて形にすると。
思いやりとか、やさしさとか。
ありがとうとか、愛しているという言葉。
手をつなぐ、抱きしめるという行為ですかね。
一緒にいて、笑ったり、楽しんだり、どこか行ったり。そんなもんです。
これが、愛です。愛するということです。
でも、実際にやることは、コントロール、支配、依存ではないですか?
怒って、指示して、命令して、なだめて、お願いして、泣いて。
「アレして。コレしなさい」「うるさい!」「静かに!」「人に迷惑かけるな!」「嘘はよくない」「親の言うことは聞きなさい」「反論するな」「言い訳するな」「ケンカするな」「片付けしなさい」「勉強したの?」「お風呂入りなさい。歯を磨きなさい」「どうして、あなたは〇〇なの。情けない」「お願いだから、アレやって」
僕のところに来るのは、これらを、やられて来た人たちばかり。
僕は、どうだったかな?
僕は、両親がケンカばかりしていたので、こんなことも言われなかったかもしれませんね(汗)。
これで、あなたの愛は親に、夫に、妻に、恋人に、子供に、友人に届くと思いますか?
僕は、難しいと思います。愛はそんなものです。
苦しい人は、人を愛することは難しいです。
そして、苦しみをとれば、愛しか残りません。「今日は天気がいいね~。幸せだね~」ってなります。