僕が見たのは今年だよね。YouTube恋リアの解説で「この反応は回避型の特徴で~」。
ビックリしちゃって。いやいやいやヤバっ。今そんなになっとんと思って。ビックリした。
僕、専門じゃんと思って。
こういうメンタルヘルス系の栄枯盛衰、流行り廃りがあるから。
HSP、MBTI…はいはい。僕には関係ないな、なんて思ってたけど。
ここにきて回避型とか不安型とか。
これは、乗るしかない、このビックウェーブに!
ということで今回は、回避型・不安型などについて話をしてみたいと思います。
回避型・不安型っていうのは、愛着障害というものがあって。
それの愛着スタイル、要は分類です。
愛着障害はジョン・ボウルビィって人が1950年ぐらいに提唱した概念です。
それから、最近になって愛着障害という言葉が広がったのは、確実にベストセラーになった岡田尊司さんの「愛着障害~子供時代を引きずる人々」です。
そこから、爆発的に一般社会に認知されだしたという認識です。
だからといって、YouTubeやTVで愛着障害、回避不安が普通に語られるようになる日が来るとは…感無量です。
で、愛着スタイルですが。今4種類あるらしいです。それをざっと説明させていただきます。
不安型は、人の顔色を伺い人に気を遣って、人との距離がうまくとれず、不安定で、過敏で感情的。
回避型は、人付き合いが苦手、ひとりを好み、感情表出が苦手、自分の感情もよく分からない。
安定型は情緒的に安定していて。人との関係も悩むことなく、人とうまく付き合える。
あと最後4つ目が恐れ回避型。人とつながりたい、でも近づくのが怖い。僕ら昔からハリネズミのジレンマと言っていたけど。ハリネズミは抱きしめてもらいたいけど、近づく人を無意識に傷つける、そんな話です。
こうやって見てみたら、ずっと僕は回避型だと思っていたけど、恐れ回避型だったかもと改めました。ハリネズミのジレンマである自覚はあったけど。
そんな感じでざっくりと説明させていただきました。
ここから持論だが。
僕は愛着障害という言葉が好きです。回避、不安という言葉が好きです。
なぜならば、アダルトチルドレンと同じで、やはり親子関係を原因とした、人の苦しさを言語化しているからです。
愛着障害って言ったら、そりゃあ寂しいよな。抱きしめて欲しかったよね。と自然と思うじゃないですか。愛着障害、とても良い言葉だと思います。
さらに、回避・不安って言ったら、僕はどんな親子だったのか?とか想像できてしまうのです。まあ、何十年とずっと苦しんできた人たちの家族の話を聞いてきたので当然ですけど。
どういう親子関係、ストーリーを想像するかというと。
不安型の人は、例えば、両親が揉めている。それを心配そうに、不安そうに見つめている。何とか仲裁しようと、親が家族が壊れてしまわないように、顔色を伺い、気を遣いって。そんな中で育つから、優しくて、依存的で、不安定。そんな苦しさを抱くようになる。
反面、回避型は、両親が揉めている。それを見たくない、聞きたくないから、必死でTVを見たり、ゲームをしたりしてきた。そのため家族の記憶も希薄だし、人にも興味が持てないし、自分の気持ちも希薄だし、そんな人間になってしまった。
そんな話です。
結構、当たらずとも遠からず、ではないかなと思いますが。
いかがでしょうか?
すべては子供時代の生存戦略で防衛反応の話だと僕は思っています。
さらに言うと、その愛着のスタイルが、特に男女の関係、恋愛、夫婦関係で大きく発揮されるという話であるが。
不安型と回避型がなぜか引き合って、共依存という独特な夫婦関係を築くという、そういうストーリーがあるのだけど。
長くなるので、今回はこれぐらいにしときましょうか。
とにかく、そういう親子、家族関係を基盤とした苦しさとして、愛着障害、回避型、不安型とあるので。
そういうものが一般的に語られるようになったのは、大変喜ばしいという話でした。
できうるなら、それら自分の愛着の特性を知る…にとどまらず、それらを改善させる。回復する。という視点が入ってきたらいいですね。
なぜならば、愛着障害もまた回復可能なものであるからです。


