支える側にゆとりがなければ支えることはできない

メンタルヘルスを支える側

よく、こういったメンタルヘルスの仕事をしていたら「影響を受けそう」「大変そう」と言われます。
でも、それでは素人ですね(笑)。

一応、僕は20年人の話を聞いてきています。

病院勤務時代は、なんせ依存症病棟で働いてきましたので、胸ぐらを掴まれ「殺すぞ」とか、「これで、わたしが自殺したら、あんたのせいじゃからな」と言われ、実際、自殺しちゃったりとか。精神的にヘビーなことはたくさんありました。

今だって、多い日で1日4人、だいたい1人につき2時間話をするので、計8時間話をききます。
苦しい人の話を8時間聞くというのは、結構タフですよ(汗)。

僕が、ここまでできるのは、僕が精神的に強いからでしょうか?
いえいえ、僕は決して、精神的に強くはありませんでした。ナイーブで繊細でした。傷つきやすく脆い人間でした。

僕は、トラウマ治療をメインでやっています。
そして、自分自身も生きづらさを抱えて生きてきました。

実は、僕は、自分自身のトラウマに対しても自己治療をおこなっています。
僕が精神的に不安定だと、誰も来なくなるでしょう。
とは言っても、精神的に不安定な支援者なんて、山ほどいますからね(汗)。

ある先輩看護師が患者さんを怒らして、僕が「あの人は、あんな人だから勘弁してあげてよ」と伝えると
「そんなもんが、精神科で働くな!」と反論され、ぐうの音も出ませんでした(笑)。

今回は、親でも、医療者でも、ボランティアでも、何でも、支える側はどうあるべきかの話をしましょうか。
当然ですが、精神的に安定しているというのは基本条件です。

人の支えになることで癒しを得る人

個人的には、自己治療をした精神科医やカウンセラーがベストだと思います。

なぜなら、苦しんで生きてきた人は、人の痛みがわかるからです。と、エラソーに(汗)。

さて、僕は、告白しなければならないことがあります。

僕は、生まれてこの方、ずっと苦しかったんです。
最初から苦しかったので、苦しいという感覚さえなかったのですが(汗)。

それでも、精神科で働くことを選択したのは、自分の苦しみの答えがあるような気がしたから。といった感じです。

まず、僕は、人の目を見て話をすることさえできなかった(汗)。
精神科で人付き合いや仕事をすることは自分でリハビリだと思ってやっていました。今思えば、患者さんには失礼な話ですね~。すみません(汗)。

でも、ぶっちゃけ人を支えるということを自分の癒しにしている人っていっぱいいると思うんですよね。
そんなかかわりは独りよがりのオナニーですよ。

自己効力感という言葉がありますね。
自信と言いかえたらいいですかね。実は、人の世話をすることが一番、自己効力感が高まるんですよね。

僕は、自己効力感が低かった。
僕は「心の穴」と言ったりしていますが、それを、人で埋めてきたのです。歪んでますね(汗)。

でも、医療関係者の中に、そういう人、いっぱいいると思いますよ。ボランティアもね。
「やらない善より、やる偽善」と言ったりしますが、偽善ではありますが、人の役に立っているのかもしれません。

さて、僕は看護師として、ずっと働いてきたのですが、看護師はかかわりのプロです。

バージニア・ヘンダーソン(ナイチンゲールの次に有名な看護師)あたりに言わせたら

究極の看護は自立を促すかかわりであると言われます。

おわりに

さて、自分の心の穴を埋めるために、人を支えている人は、キチンとその人が自立できるようにかかわっていけるでしょうかね?

僕は、難しいと思います。
やはり、ひとりよがりなかかわりとなってしまうのではないでしょうか?

これが、できるようになれば、人間関係の達人と呼べるかもしれませんね。

ともあれ、今回は支える側にゆとりがないと良い支えにならないという話でした。

ハートを持つ白衣の人

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