愛情が良いことばかりでもないのです

「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ。愛ゆえに人は悲しまねばならぬ」

胸に染みるいいセリフですねえ・・・
みなさん、このセリフを知っていますか?ご存知、サウザーのセリフですね。
・・・まあ、知らないですよね(笑)

今まで、カウンセリング中、いろんな人にサウザーの話をしてきましたが・・・1人の方しか知らなかったですね・・サウザー。
ちなみに、サウザーは北斗の拳というマンガに出ている、主人公ケンシロウの敵役ですね。
みなさん興味はないかもしれませんが、興味がない人は今回のブログは飛ばしていただいて(笑)サウザーの人物紹介をしていきたいと思います。

サウザーは孤児です。
孤児であるサウザーは、オウガイという拳法家に拾われ、育てられます。
オウガイの教える拳法は、南斗鳳凰拳という一子相伝の拳法です。
鳳凰拳、その習得のための修業は、それはそれは厳しい修行でした。

しかし師であるオウガイの厳しさの中にも温もりを感じサウザーは、オウガイを父のように思い、慕い、大きく、強くなっていくのです。
月日は流れ立派な青年になったサウザーは、鳳凰拳の伝承者として最後の試練を与えられます。
ある敵と目隠しをしたまま戦う事を命じられるのです。
サウザーが目的の場所、指定の時間に目隠しをして待っていると、敵が不意に襲ってきます。その殺気を目隠しをした状態で察知したサウザーは、敵からの攻撃をかわし、見事、敵を討ち倒すのです。

しかし、目隠しを取り、敵を確認すると、そこには師オウガイの姿が・・・
なんと、師であり、育ての親であるオウガイをサウザーは自分の手で殺めてしまうのです・・・
師オウガイを胸に抱き、慟哭の中、サウザーは誓うのです。

「こんなに苦しいなら・・愛などいらぬ!」
一子相伝・・鳳凰拳を継ぐものはただ一人。世紀末というのはかくも厳しいものなのですね・・

そして、南斗鳳凰拳の伝承者となったサウザーは、自らを聖帝と名乗り・・要するに、独裁者というか、悪い奴になるんですね(悲)
そして、自らの権力の象徴たる自分の墓、聖帝十字陵を建造していくのです。十字陵とは巨大なピラミッドと思っていただけたらイメージしやすいかと思います。

その十字陵を建設するために、民衆を奴隷のように使役し、悪政をしいるわけです。
なんやかんやあって、サウザーの最後は主人公であるケンシロウに戦い、敗れるわけですが・・
サウザーは死の最後、十字陵に隠してあったスイッチを押すのです・・・すると、十字陵の中から師であるオウガイの亡骸が出てくるのです。
なんと、十字陵はサウザーの墓ではなく、師であるオウガイの墓でもあったのです。
サウザーは「お師さん、むかしのように・・もう一度ぬくもりを・・」と言い、オウガイの亡骸に抱かれ、サウザーは聖帝十字陵とともに崩れ去り死んでしまうのです・・・

サウザーは愛なく生まれ、愛をもらい、愛を失い、愛に苦しみ、愛を憎み、それでも最後まで愛を求めた・・そんな人間ですかね。
愛情というのは素晴らしいことばかりではなく、苦しい側面もあるという話です。

「愛ゆえに人は苦しまねばならぬ。愛ゆえに人は悲しまねばならぬ」
このセリフは、このブログを読んでいる人たちの中にも響く人がいるのではないかなと思っています。

そういう人たちは、このサウザーの物語から、何を思い、何を感じ取ったのでしょうか・・・
世の中には、名作と呼ばれる小説、映画、漫画・・物語がありますが。その中には、人間の根源的な苦しみを捉えた、普遍的なメッセージがあるように思います。

「救い」というものは、そういった物語の中にもあるのかもしれません。
また、機会があれば、こんなブログも書いていってみたいと思います。

愛などいらぬ

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