水原一平さんの事件には日本中、いや世界中が驚愕したことだと思います。
あらましを簡単に説明しますと、メジャーリーガーの大谷翔平さんの通訳である水原一平さんが大谷選手の口座から1700万ドル近く=日本円でおよそ26億円を不正に送金したという事件です。一平さんは、スポーツ賭博という違法賭博にのめり込んでいたとのことです。
一平さんの推定年収は4000万~7000万。その中でギャンブルにつぎ込んだお金は約370億円で62億円の負債を抱えていたようです。
事件発覚前、一平さんは選手たちの前で「自分はギャンブル依存症です」と告白したそうです。
大谷翔平の通訳という人が羨むような仕事をし、有名人で、高額な収入も得ていて、プライベートでは2018年に結婚したばかり。ギャンブルで多額のお金を使い、借金をし、あまつさえ犯罪行為にも手を染めて・・。
地位も名誉も人望もあって、ギャンブルでその全てを失って・・一体全体、ギャンブル依存症ってなんなんだ!と思いますよね。
おそらく、これを読まれている方も規模感は違えど、一平さんと同じような状況であったり、ギャンブル問題を抱えた人に巻き込まれてどう対応したらいいかと苦悶しているご家族、ご友人たちではないかと推察します。
そういった方たちの救いになればと思い、今回は一般社団法人「ギャンブル依存症問題を考える会」代表理事である田中紀子さんの「ギャンブル依存症」という本を元にお話をしていきたいと思います。
日本人の20人に1人はギャンブル依存症である
我が国のギャンブル状況というものは他国と比べ非常に特殊であると言えます。
皆さんご存知だと思いますが、日本にはパチンコがあるからです。
いわゆる「三点方式」などを用いて誤魔化してはいますが、誰がどう見てもパチンコはギャンブルです。
それが、日本中の津々浦々、田舎から離島に至るまでパチンコ店という賭博場があるというのは、海外の方からしたらあり得ないことだと思います。
著書には以下のように書かれています。
2014年8月に厚生労働省研究班の調査結果として(中略)「病的ギャンブラー」は全国に536万人いると推計される。(中略)男性の8.6%、女性の1.8%が該当~成人全体では国民の4.8%にあたるので、およそ20人に1人になります
諸外国でも同様の調査は行われています。(中略)アメリカルイジアナ州02年の調査では1.58%(中略)フランスの08年調査が1.24%(中略)韓国の06年調査が0.8%(中略)ルイジアナ州、フランス、韓国にはカジノもありますが、それでもこの数字です
カジノがあるような国であっても100人に1人程度の割合のギャンブル依存症が、驚くべきことに、わが国では20人に1人という割合であるということです。
ギャンブル大国である我が国は、ギャンブル依存症大国でもあるとも言えます。
ギャンブル依存症(病的賭博)とはどんな病気か
著書から抜粋して、ギャンブル依存症の説明をしていきます。
医学的にはギャンブル依存症は病的賭博と呼ぶ
世界保健機構が定める精神および行動の障害の臨床記述と診断ガイドライン(ICD-10)では『病的賭博』という診断名が用いられ、アメリカの精神医学会が定める精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)では『ギャンブル障害』という診断名が用いられています
ギャンブル依存症の原因
ギャンブル障害の研究はまだまだ発展途上です。神経学的、行動学的な知見が集積されてきていますが、それがギャンブル障害の原因によるものなのか、結果によるものなのかという点については、はっきりとしたことはわかっていません
著書にも
ドーパミンの過活動が大きな原因のひとつ
との記載がありますが。近年はドーパミンという脳内物質が脳の腹側被蓋野というところを刺激し、それを繰り返す中で依存形成がなされコントロールを失っていくという、ドーパミン仮説というものが定説になりつつある印象です。
もう一つには、依存症が育ちやすい家庭環境というものがあります。いわゆる機能不全家族の問題やAC(アダルトチルドレン)の問題があります。
著書には依存症になりやすい家庭の例えとして大王製紙の創業家3代目である井川意高さんの家庭環境を紹介しています。ご存知だと思いますが、井川さんもギャンブル依存症で連結子会社から総額106億円超を引き出し、全額カジノに使い、特別背任で起訴され4年の実刑判決を受けたという事件です。
“父からの拳を受けながら、涙ながらに必死に勉強する。あるときなど、ゴルフクラブのヘッドでぶん殴られそうになったことがある。さすがに母が必死で止めに入ったので、父はゴルフクラブをひっくり返してグリップの部分で私を叩いたものだ。父のスパルタ教育、傍から見ればかなり常軌を逸していたと思う”※溶ける 大王製紙前会長 井川意高の懺悔禄(双葉社)からの抜粋精神的・肉体的に『ダメ出し』をされるのが当たり前になっている家庭で育つと、自尊心が育ちにくくなります。(中略)自分で自分を認めたり、成果を喜んだりするのが悪いことだと捉えるようになっていくのです
とあります。
先ほどのドーパミンの話ともつながっていきますが、日常生活、学業や仕事でたとえ成果をあげたとしても嬉しくない(ドーパミンが出ない)、そういった脳ができあがっていくのだと思います。そこで、非日常、ギャンブルの快楽に出会うとドーパミンがそこでだけ強く出て、抜け出せないギャンブルの沼に落ちていくのだろうと思います。
僕は常々、ギャンブル依存症という病気はギャンブル行動がやめられないという病と生きづらさの病(ACの生きづらさ)、この2つの病が混合したものであると考えています。
ここら辺を整理しきれず、ただ混乱しているギャンブル依存症の専門家たちもたくさん見かけるので、もう一度そういった視点からギャンブル依存症を抱える人を診る、そして、どういった治療をしていくことがベストなのかというのを考えていただきたいなと個人的には感じています。
ギャンブル依存症の症状
依存症が進行していくとコントロールを失っていきます。
著書には
一般の人と同じように普通にギャンブルを楽しんでいたのに、自分でも気づかないうちに、やめたくてもやめられないギャンブル依存症という病気を発症していた」「意志や根性でどうにかなる行動ではないということです
とあります。
依存症というものは進行性の病ですから、病気が進行すると、自身の意志はどんどん虚弱となり、思考もどんどん働かない状態(ギャンブルについての思考とお金の工面については諾々と考えるが)となっていきます。結果として副次的にさまざまな社会的問題をはらむようになっていきます。
深刻化すれば、家庭内不和や離婚、DVやネグレクト、失職や借金、刑事問題(横領、詐欺、窃盗、殺人など)、希死念慮に発展することもある
とあります。
ギャンブル依存症の症状として分かりやすいのは借金です。
少しお金の話をすると著書には以下のように書いてあります
精神科医の森山成彬先生が2008年に発表した『病的賭博者100人の臨床的実体』という論文があります。(中略)平均27.8歳で借金を始め、初診までには平均1293万円をギャンブルに注ぎ込んでいます。平均負債額は595万円。100人のうち28人は自己破産を含めた債務整理をしていました
とあります。
ギャンブル依存症の方が精神科に初診で来られた時の平均負債額が595万…とんでもない金額ですね。当然、ここから病気と向き合っていったり、治療をしていく中でさらに借金を重ねていく人もいるでしょう。
冒頭にあった水原一平さんの事件もそうだが、ギャンブル依存症は本人の苦しみのみならず、周りの家族や社会にとっても、非常に大きな影響を与えうる恐ろしい病気であると言えます。
もう一つ、ギャンブル依存症の症状として押さえておかないといけないのが家族の病と言われるものです。
本人のギャンブルの問題に家族が、周囲にいる人たちが巻き込まれて苦しむという構図は容易に想像ができるが、もうちょっと能動的にと言いますか、実は、家族は家族で問題をはらんでいるという考え方があるのです。
ギャンブル依存症の問題を考えた時に、どうして借金を平均500万以上も作りながらどうして生活が成り立つのだろう?家族はそこまで気づかなかったのだろうか?と疑問に思った人もいるでしょう。
実は、ギャンブル依存症が進行していくためには、ギャンブル依存症者を支える家族の存在というものがあるのです。
ギャンブル依存症を支える人たちのことを共依存(Co-dependency)と言います。
共依存症者の症状について著書には以下のように書いてあります
共依存症者は、ギャンブル依存症者がお金に困っていると、自分がなんとかしなくてはと、相手の期待に応えようとする面が強い(中略)共依存症者は人間関係そのものに依存してしまいます。(中略)共依存状態のチェックには『自らを犠牲にして、相手を助けたり世話をしようとすることが多い』『他人の問題にのめり込んだり、相手からの精神的・身体的・性的侵入を許してしまう』そういった傾向が強いのが共依存症者だということです
共依存症者の行動を具体的にお伝えするとイネイブリング(enabling)というものがあります。イネイブルとは~することを可能にするという意味で、ギャンブル依存症の場合、ギャンブルすることを可能にする行為を指します。分かりやすいのは借金を肩代わりするという行為です。先ほどの話に戻ると、単純にイネイブリングしなければ300万ぐらいの借金で、それ以上借りられなくなり、ギャンブルも続けられないからです。
共依存症者は愛情だと思って、本人が死ぬんじゃないか、あるいは捕まるんじゃないかと不安で、心配してやっていた行為が共依存という病だと言われたら、多くの家族はショックを受けるか、怒ってしまう場合も多いのですが、ぜひ、そういったものがあるということを受け止めていただけたらと思います。
治療の実際
まずは何より、家族、周囲の人がイネイブリングをしないこと。正しいインタベンション(介入)方法を学んで治療につなげるという知識を持つことが大事でしょう。
インタベンションするためには専門の精神科医やカウンセラーの知恵や力をかりるのも有効でしょう。
実際に治療につながると何をするのかですが、今も昔もギャンブル依存症の治療の中心にあるのが自助グループです。なので、自助グループについて簡単に説明をしていきたいと思います。
自助グループとは当事者同士が集まり、苦しみを分かち合うグループというものです。ギャンブル依存症の自助グループはGA(ギャンブラーズ・アノニマス)というものがあります。
ギャンブル依存症者たちの根底には、自尊心の低さ、生きづらさといったものがあります。そういった人たちが同じ悩み、苦しみを分かち合える仲間の存在が回復の力になるということです。
当然、対となる共依存側にもギャマノンという自助グループがあります。
長年、苦しめられた家族は当人が回復の道を歩んでいても、当時の恨みを忘れることができなかったりします。回復の途中で、恨みを持った家族に潰されるという光景もよく見てきたものです。
当事者と家族、共に回復をしていくというのが理想ではないかなと思います。
最後に
ギャンブル依存症という病には回復というものはなく、一生欲求と戦い続けなければならない、一生回復をし続けないといけない病とも言われています。この一文を読んで絶望してしまったかもしれませんが、それだけ回復というものが困難な病であると考えていただけたらと思います。
まずは、第一歩。
当事者でも、家族でも、ギャンブル依存症に詳しい専門家をたずねてみて欲しいです。あるいは自助グループに参加してみるのも良いでしょう。
動いてみないと、苦しさは増していく、病は進行していくばかりだと思います。
自助。自分を助ける行動をしていただけたらと思います。