家族はいても孤独な人生、そこに生きづらさがある

僕の人生を使った生きづらさの具体例

生きづらさってどういうものを指すのでしょうか。

  • 人に嫌われるのが怖い。
  • 人付き合いが苦手。
  • 人の顔色ばかり伺ってしまう。
  • 対人緊張がある。
  • 言いたいことが言えない。
  • イライラが抑えられず人を傷つけてしまう。
  • 人を傷つけて落ち込む。
  • 些細な言葉がひっかかる。
  • 傷つきやすい・・。

生きづらさとは、結局のところ

対人関係が苦手ということです。

 

実を言うと、上に書いたようなことは、昔の自分の特性でした。言いたいことは言ってきましたが(笑)。

何度も書きますが、僕はAC(アダルトチルドレン)でした。
両親はいつも口ゲンカです。目覚ましで目が覚めたことがない。不快で不快で・・。

子供の時の記憶は、裏庭に壊れた鍋があり、それで、虫を炒めていたり(汗)。
当時、実家は薪でお風呂を沸かしていたので、その火をずっと見ていたのを覚えています。

孤独

兄はいつも僕と遊んでいましたが、いつも殴られてもいました。
そんな幼少期の僕を、母は「静かでいい子だった」と今も言います。
それは、親にとって都合の「いい子」だろ?と思いますよね(怒)。

そういう過緊張状態の家庭で育つと僕は(子供は)どうなると思いますか?

対人緊張があり、人の顔色ばかり見て過ごすようになります。
そして、生きづらさは、雪崩をおこすように、問題を引き寄せていくのです。

いじめ、不登校、ひきこもり、万引き、非行・・。全部、僕が経験してきたことですが(汗)。
とまあ、こんな感じです。
これって僕のパーソナルな物語ですか?

違います。
なぜなら、ずっと依存症の家族と付き合ってきたからです。

体育すわり

 

家族病と言われる依存症

依存症が家族病と言われるのはこういうところです。
依存症の中では、上のような話は普通によくある話なんですね。

ということで、僕は依存症の専門家であると同時に、家族の専門家でもあったんですね(笑)。

生きづらさの基盤を作ったのは家族です。
家族に上手く愛されてきてこなかったんです。違いますか?

前項で、僕のパーソナルなストーリーは、普遍性があるという話を書きましたが、
やはり、パーソナルな話だったかもしれませんね(汗)。

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愛という呪縛

家族にしっかり愛されてないと、人付き合いがしにくいとか、人間関係に問題が出てくるというのは、普遍性があると思うのですが、僕ごときが愛されてこなかったとかおこがましいかもしれません。

また、僕の母親がこれを読んでいたら、きちんと愛してきたのに何を言ってんだか、と怒るかもしれません(笑)。

例えば、10代から違法薬物に手を染めているような、少年、少女などは愛とはもっとも遠い虐待の日常があった人が多くいます。
暴力、身内からのレイプ、育児放棄。薬物があったからどうにか生きてこれた、という人たちもいるのです。

反面、きちんと愛されてきたと思っているのに、生きづらいという人たちも最近、多くいると思います。
そういう人たちには、僕のパーソナルストーリーを話してもピンと来ないことがあります。

厳しい言い方で申し訳ありませんが(汗)。

そこにあるのは、甘やかしです。

親の甘やかしは子供の自立を損ね、手を削ぎ、足をもぎ、翼を剥いで、生きる力を根こそぎ奪ってしまいます。

これは、僕は、愛という名の呪縛であると考えています。
そういった子供は、寂しく、脆弱で、傷つきやすく、ナイーブで、生きる力がない人になってしまいます。
ひきこもりの人にこのタイプは多いと思います。

さて、これらの問題を引き起こしたのは、親です。

しかし、それでも、僕は親が悪いわけではないと言いたいです。
あれ?矛盾していますか?(汗)。

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